お顔のない花
                〜 砂漠の王と氷の后より
 


       




かつては この砂漠の大地にも、いわゆる群雄割拠という時代があって。
血気盛んにも天下をとるぞと奮起して、
全土の統一を…と立った猛将も多かりしだった中。
どちらかといや、そういった“腕に自慢の”他所者からの、
侵略や急襲をよしと思わなんだクチの先の王が。
誠実さとおおらかさと、
そんな余裕があったればこその、義に厚き人性から築いたそれだろう、
豊かな人材やら人脈やらにも支えられ、
それは見事な大陸制覇を成したのが、数十年ほど前のこと。
特に着目されるのが、
後継者でもあった皇太子を、城へと押し込めてのただただ守っておかず、
敢えて“重臣”として扱っての軍を率いさせたことで。
のちに覇王と呼ばれるカンベエ親王、
若さからか雄々しく精悍で覇気あふれつつも、
そこは父王に似てか、誠実実直な知将でもあり。
自身が斬り込む一気呵成の戦術も見事なら、
人望を集めての用兵の術も巧みで。
彼が頭角を現してからは、あっと言う間に制覇が成ったとされているほど。
ただただ強引に攻め入っての、圧倒凌駕するばかりではなく、
同盟による属国・属領関係も用い、
政策への緩急を見せたことが、
余計な怨嗟の種を蒔かずに済んだ要因でもあって。
そのカンベエが亡き父を継ぎ、
砂の大陸のほぼ全土という、現在の領地を手中にしてからこちら。
全軍挙げてというほどもの大きな戦さは そういえば、
縁のないままな安寧が続いているばかり。
近年に手掛けたといえばの、
キュウゾウの生国・炯の国へと関わった戦とて。
王宮内部へ侵食見せていた間諜らのあぶり出しと、それから、
我らが伸したからには他からの手出しはまかりならずという事実の、
内外への広き公開が目的。
よって、勢いのある進軍が主体という構成での
“虚仮威し
(こけおどし)作戦”を執ったため、
内実よりも数で脅そうという、
微妙に張り子の軍勢を送り出した大胆さであったのだし、
それ以降は ほぼぱったりと、戦さには縁が遠のいての安泰ぶり。

 “だからといって、
  だだら緩んでおる訳でもないのだがの。”

おや、聞こえておりましたか。
(苦笑)
確かに、実際に剣を合わせるばかりが戦いには非ずで、
他国との外交や、経済的な競争だって戦さには違いなく。
はたまた、属国や領地とし弁務官を置いたからとて、
背景にある列強国が何ほどのものぞとの強い意志もて、
現地当地の人々による蜂起が起きぬとも限らない。
そういった静かなる統治の為に必要な、
監視や管理のための執政が主体となった覇王様。
戦乱の世にしか必要とされぬ、
暴れるしか能がない猛将ではないものの、
それでも…どちらかといや、
政策により人々や景気がどう躍るかを操作・管理するよりも、
丘の上から見渡した大地を、
どんな駆け引きで攻略してやろうかなぞと思案するほうが向いており。
様々な政策への目配りに、水も漏らさぬ徹底さをしいてはいるが、

 「………カンベエ様?」

パピルスに綴られた他の部署からの決済書やら、
遠隔地から早馬にて届けられた伝達文書、
羊皮紙入りの封管やらを両の腕に抱え。
王の執務室へと運んだ秘書官が、
重厚な作りの大机の前に主人の姿がないことへ、
おやとその首を伸ばして見せる。

 “どこにも気配がありませんね。”

一応と見渡したのは左右だが、
天井方向にも奥行きという水平方向にも、
風通しのいい吹き抜け構造の、それはそれは広々としたお部屋。
ではあるけれど、
それは決して、瀟洒な豪華さや余裕を顕示したくての、
仰々しさから…というものでは勿論なくて。
ぎあまんの扉を窓辺へ嵌め込んでしまうより、こうであった方が、
強い陽射しや熱砂を吹き込ませないことへの効果が上だから。
それから…万が一にも賊が侵入したとしてもなかなか到達せぬようにとの、
警護の都合もあっての配置。
よって、階級が上のお人でなければ、
そうまでの奥向きへ踏み込むことは不可能…という仕立てにもなっているのだが。
こちらの秘書官は、政務官も兼ねておいでの特別なお方と見えて、
側近の方々と同じ級、
どこへ入るにも咎めなしの扱いを受けておいで。
よって、此処までをすたすたと、
自身の歩調 一度も制されぬままに歩んで来られた身であるが、

 「まま、このところは立て込んでおりましたし。」

ちょーっと目を離すとこれですものね…なんて、
言伝もなく姿を消した逐電を、責めたり呆れてしまうどころじゃあない。
むしろお気の毒なほどお忙しかった覇王様。
耕作関係から細事まで、
春には様々なことが幕を切って落とすので、
それへと間に合わせねばならぬ色々が多いそんな中。
首都にあたる城下から途轍もなく離れた辺境地域の同盟国へ、
近隣の勢力が大胆にもちょっかいを出して来た気配ありとの報を受け、
覇王直々に視察に出向いた行幸を、急遽構えたことがあったがため、
それ以降の様々な予定・日程が、正直言って“押せ押せ”状態に陥っており。
さすがに末端からの全てへ眸を通す訳ではないとはいえ、
それならそれで、
各所の担当が結果を挙げてくるのが まちまちになってのこと、
報告されるや否や、すぐさま執行への認可発布へまで運ばねば、
実行が追いつかぬ段取りの事案ばかりとなっており。

 “…そういう地味な粘りへも、
  人一倍頑張れるお方ではありますが。”

王にしか下せぬ決裁があまりに多すぎること、
こちらも承知の今日このごろ。
食事以外での予定外な息抜きもまた、まま仕方があるまいと。
こちらで時間の調整をし、効率のいい事案の整理を手掛けておくよう、
気持ちを切り替えての腕まくり。
言葉の上でのことのみに留まらず、
深色のビシュトの下へ重ね着た、白地のカンドーラのお袖、
えいとまくった、ちょっぴり童顔の秘書官殿だったのだけれど。

  そこからあらわになったのは
  たいそう嫋やかな線に縁取られた細腕であり

その側面に繊細緻密な彫刻と、
鮮やかな象眼の施された浅い文箱を3つほど並べ、
書類を締め切り別に分け始めた秘書官殿の横顔に浮かぶは、
楽しそうな、そのくせ まろやかで優しい笑み1つ。
時折お顔にかかる赤い後れ毛を、くすぐったいと退ける指先もすっきり細く。
それより何より、


  もしも此処に、第三王妃が同座していたならば、
  おおおと お口を丸く開け、
  ちょいと不躾なことながら、
  その小柄な秘書官殿を指差してしまったかもしれない……。










 
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